1996年6号

ジャパンヴィジョン第二部レポート「日本外交の改革」 ―2. 現代の世界とアジア

2. 現代の世界とアジア

 現代世界の構造的特質

 さて、日本外交がこのような歩みを続けた間にも、世界は新たな変化を遂げていた。ここで、現代の国際社会の一般 的特質について考えてみたい。

 現代の国際社会の最大の特色は、世界を破壊する力(軍事力)も、世界を結び付ける力(情報、通 信、運輸)やシステム(国連その他の国際組織)も、以前とは比べ物にならないくらい発展していることであろう。

 破壊力つまり軍事力の発展の方は言うまでもない。イラクや北朝鮮のような貧しい国でも、巨大な軍事力を蓄積することが出来た。こうした国々の暴発を封じ込めるためには、主要な国々の緊密な協力が必要である。

 ところが、世界の主要国である先進産業諸国(industrialized democracies)は、すでに豊かで自由な社会を達成し、長い平和になれ、軍事に関与することを忌避するようになっている。かつて世界の大国は植民地の獲得を目指して膨張したが、現在ではテクノロジーの進展で、地理的な膨張なしに市場も資源も手に入るようになっている。

 むしろ危機は貧しさの残る途上国にある。地域の大国で、資源を求めたり、地域覇権を求めたり、あるいは自国の政治的不安定を糊塗するために、力による膨張を試みる国が、今でもある。

 他方で、多くの途上国が、輸出産業の発展を中心として、経済発展に成功を収めつつある、かつて経済発展は欧米と日本に限られていたが、いまやNIESに続いてアセアン、さらに中国、インド、中南米も発展を始めている。今後、貿易秩序を維持し、これらの国々の発展を維持出来るようにすることが、世界の安定のために重要である。(3)

 それ以外に、国家と称していても、国家としての基盤を欠いている地域がある。部族を基本単位 とするアフリカのいくつかの国家や、宗教や民族の対立を抱えた国々などである。かつてはこうした国々は植民地とされたり、受託統治とされたりしたが、現在はそういうことは考えられない。国連などの国際機関と、先進諸国の協力で安定を図るしかない。

 日本の外交環境を考えると、周囲に先進産業諸国も、極度に混乱した地域も少ないかわり、力による膨張の可能性を持つ国があることが、特徴である。現在はアジア方面 では膨張傾向にないが、チェチェンその他の地域では力の政策を放棄していないロシア、危険な軍事国家である北朝鮮、軍備近代化に力を入れる中国があり、北朝鮮と中国に向き合う韓国と台湾も軍縮は難しい状況にある。

 

 中国の将来

 このうち近い将来に大きな危険をはらんでいるのは北朝鮮である。しかし中長期的に最大の問題となるのは中国であろう。東アジア20億の人口のうち、3分の2は中国である。その中国が安定するか否かは、決定的である。北朝鮮は基本的に第三部に譲ることとして、ここでは、中国について考えてみたい。

 中国は過去10数年間、目覚ましい経済的発展を遂げてきた。これがこのまま続くかどうかは、何とも言えない。現在、地域格差、インフレ、腐敗が処理困難な程度にまで大きな問題となっているのは、よく知られている通 りである。

 中国がこうした問題を解決して、さらに発展した場合、次には食料、燃料、資源の限界にぶつかることになる。そしてさらに発展を続けたとすれば、豊かになった国民が、政治的自由をもとめ、政治を不安定化させる可能性がある。

 これらのすべてを解決して中国がその安定を維持しつつ発展する可能性は、あまり高くないのではないだろうか。むしろ近い将来に中国の政治は不安定化する可能性が高いと考える方が自然だろう。その場合、中国の指導者はかえって対外的に強硬な政策を取るだろう。妥協的な対外政策は、他のリーダーからの批判を招きやすいからである。

 その動きは、すでに始まっていると見ることが出来る。過去数年間の軍備近代化政策、南沙群島に対する強い姿勢、そして昨年の核実験の再開と今年の台湾周辺における軍事演習などは、いずれもとう小平後の権力闘争と関係している。

 中国の国益から判断しても、台湾の軍事的制圧に乗り出すことは、決して正しい方向ではない。それは中国の発展を阻害し、台湾の発展を損なう。またその他の強硬外交にしても、東南アジア諸国の不安をかきたて、これらの諸国における軍備増強を招くことになるだろう。されは、東アジアの近年の経済発展を大きく損なうことになりかねないのである。それにもかかわらず、そうした可能性を否定出来ないのが、政治の世界である。こうした事態は出来る限り避けなければならない。(4)

 中国外交のもう一つの問題点は、国際協力や相互依存という考え方が比較的弱いことである。事実として、国連のPKOに対して棄権することが多く、外交の原則としては国際協調よりも内政不干渉を重視することが多い。これに関連するが、相互性(レシプロシティ)の観念の欠如も重要な問題である。昨年の核実験の際、中国は、これを自衛、平和利用のものであり、先制不使用という点を挙げて正当化しようとした。しかし、仮に日本が、同様に自衛目的、平和利用、先制不使用を約束して核実験を行った時、中国が納得するとは思えないのである。もっとも、若い世代には、国際協調や相互依存という考え方を理解する人が増えているように思われる。

 中国に関して、ベスト・シナリオは、経済成長をスローダウンし、政治的安定を維持しつつ、徐々に民主化を進めることであろう。それとともに、国際協調的な外交観念が浸透することである。中国が発展すれば大きな脅威になると見る人があるが、むしろその方が柔軟な外交を期待できる。

 中国の安定を促進することは簡単ではない。中国のような巨大な国家は、他国によって影響されることが少ないからである。

 しかし、二つのことが少なくとも必要であろう。一つは、中国が南沙群島や核や台湾で力の外交を行うことを、他の国々は歓迎しないということを、明白なメッセージで示し続けることである。しかし、そのメッセージが強すぎて、中国に孤立感を抱かせるようなものであってはならない。同時に、中国を国際機関に数多く関わらせて、国際社会のルールについて学習を深め、世界の主要国としての責任感を涵養してもらうことが重要である。


  1. 竹中論文参照。
  2. 北岡「歴史の検証と個人の責任」、『中央公論』1995年8月号。


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